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みっどさまーず・ないつ

When I opened the door called truth, my childhood ended.

奥寺先輩という川嶋亜美――『君の名は。』

 ようやく話題作を見た。物語の大まかな内容は他のブログを見てください。ここでは「入れ替わり」というテーマ。1点のみについて話を続ける。

 

前前前世 (movie ver.)

前前前世 (movie ver.)

 

 

 「入れ替わり」は本当に古典的なテーマなのだろうか?僕はそうは思わない。極めて挑戦的で斬新なテーマだと感じた。少なくともこれまでのオタクコンテンツだけを考慮に入れるなら、入れ替わりものは圧倒的に少ない。それでも、もちろんまったくないわけではない。例えば「SH@PPLE」(竹岡葉月)、「ドレスな僕がやんごとなき方々の家庭教師様な件」(野村美月)、「2×2」(介錯)などがある。しかしこれらは双子の物理的な入れ替わりであり精神的なものではない。

 

 ではなぜ新海誠は入れ替わりを選んだのか?このテーマには2つの大きな特徴があると感じる。

 

1.SF設定の煩雑さ

 先ほど挙げた双子による物理的な入れ替わりならば、無理に入れ替わるギミックを考える必要はない。顔が似ていて身長も近い双子がやむを得ない理由によって仕方なく入れ替わる。以上である

 

 だが、精神的な入れ替わりはそうではない。「なぜ入れ替わるのか?」はともかく、「どうやって入れ替わるのか」に関してはどうしても厳密な設定が必要になる(ここがオタクコンテンツで入れ替わりが避けられる大きな理由だろう)。今作ではそれは「糸守を助けるため」。この1点に集約される。大昔、隕石が落ちてできた糸守にとってもう1度隕石が落ちる可能性があり、それを回避するために代々巫女の家系に入れ替わりの能力があるというもの。一見論理的だがわりと意味不明である。そもそも糸守を守るために入れ替わるという方法はまったく合理的ではない。他にやり方がなかったのか。そして「どうして入れ替わることができたのか」に関しては結局明確な答えがない。

 

2.人間関係の明確さ

 それでもなぜこのテーマが選ばれたのか。それは公開直後からネット上で、疑問に上がっていた「どのタイミングで瀧君は三葉を好きになったのか」という疑問が答えのヒントになる。 

 

 

 上のツイートの通り、オタクコンテンツの文脈によって何の関係もなかった(とされる)瀧くんと三葉は「入れ替わり」という行為を通して「主人公」と「メインヒロイン」という関係が付与される。もうこれによって他のルートへの突入はありえない。そして入れ替わりは映画の冒頭で行われる。ポスターで表されている通り、この物語は瀧と三葉の物語となる。それ以上でもそれ以下でもなりえない。すでにEDが決定してしまった。つまりその入れ替わりの後で登場する奥寺先輩はそもそもが負けヒロインなのだ。負けヒロインと言えば、新海誠が以前から面白いと発言していたとらドラ!*1川嶋亜美だ。

 

 

 川嶋亜美は物語で遅れてきた第三ヒロインとして登場する。すべてはここだ。奥寺先輩は瀧くんに「あなたが好きなのは三葉だ」と告げ、その後は二人の恋を応援する立場に回る。まさに川嶋亜美だ。

 

 そして「君の名は。」は後半に大きなギミックが仕掛けられている物語の性質上、前半に尺を使うことができない。そのため「入れ替わり」というギミックは非常に使いやすかったということ。だからこそ他のコンテンツでは使えないようなこのような挑戦的なテーマを選んだのだろう。(これ川嶋亜美の話がしたかっただけでは?)(まあいいじゃん……)